『 The Secret Garden ― (1) ― 』
その庭は 街の中心部からはかなり離れた場所にあった。
わざわざ回り道をしなければ 庭の下を巡る道を通ることもない。
しかし となり街にある教会まで行くときには恰好の近道になっていた。
ジョーは いつも少しばかりドキドキしつつその道を辿るのだった。
「 誰か Y町教会までお使いに行ってくれませんか。 」
神父様の言葉に いつだって子供たちは顔を見合わせ ― 黙ってしまう。
Y町教会は 隣町の外れにあり、ここから行くとほぼ町をひとつ突っ切らなければならない。
「 スズキ神父様に この書類を持っていって欲しいのですが 」
「 ・・・・・・ 」
町中への お使い は人気のお手伝いなのだが・・・ この時ばかりは誰も手をあげない。
あそこ ・・・遠いもん。
遠いし 〜 田舎道ばっかだし〜
そ。 お店もな〜んもないしさ〜
子供たちは ちらちらお互いを見つつ下を向いたきりだ。
・・・ そしていつも最後にこそ・・・っと手を上げるのが ・・・
「 ― 神父さま。 ・・・ ぼくが ・・・ 」
「 おお ジョー。 ありがとう。 お願いしますよ。 」
「 ― はい。 」
彼はいつもの通りに俯いて 長い前髪の陰からぼそり、と答えるのだった。
「 ・・・ あの角を曲がると さ。 あった ― ! 」
大きな邸宅がならぶ一角、 どの家にも広い庭がある。
全体になだらかな斜面になっている土地なので、 どの家も道路から玄関まで階段を使った。
緑の中にぽか ぽか っと古びた木の門があったりアイアン・レースが開いたりしていた。
「 ・・・・・・・ 」
一際緑が濃い所を進むと ― < その家 > がある。
いや・・・家 は見えなくて、 家まで伸びる石段があるのだけど・・・・
「 ・・・ あった・・・! 」
ジョーはいつでも息をつめて 見上げる。
大きな木が左右から覆いかぶさっていて、 ちょっとした緑のトンネルみたいだ。
石段の前にカタチばかりの門があるけれど、錆が浮いていて常に半分開いている。
道路からその門を境に 不規則な石段が続く。
石段そのものにも端っこは丸くなり苔に覆われている。
「 いち に さん ・・・ し ・・・ 」
見上げて数える石段は 最後は向こう側に消えてゆく。 茂みがぽっかりと開けたその先に。
「 あの上は さ ・・・ どうなっているのか な・・・ 」
錆びた門を 軽く蹴飛ばしたりしつつジョーはなんども背伸してみたが ― 向こう側は見えない。
「 ここってさ 普通の家だろ たぶん。 だから ・・・ あの先はさ ・・・ 」
ジョーは一生懸命に想像してみる。
「 石段が終って ・・・ 小路が続くんだ、うん。 芝生の間を通ってゆくんだ。
う〜ん ・・・ あ! 犬小屋とかもあるかもなあ。 」
日当たりのいい庭いっぱいに広がる芝生で 愛犬と転げまわって遊ぶ ・・・ ジョーには最高の
幸せ に思えた。
「 夕方になるとさ 家の窓から声が聞こえるんだ ― ごはんよ〜って・・・
優しい声だよ。 でもぼくは聞こえないフリして ワンコと遊び続ける・・・
そうするとさ ・・・ 聞こえないの? ジョー 今晩はあなたの好きなものばかりよ? って・・・
ほら ジョンだってお腹空いてるって言ってますよ。 なんて言われて
ぼくはイヤイヤなフリして ウチに戻るんだ。 ホントは早く帰りたいんだけど ね 」
愛犬と一緒にまだふざけつつ玄関にゆき ドアをあけ ―
・・・ そこから 急に彼の想像シーンは ぼやけてしまう。
ジョーは もうじき中学生になろうとしているのだが普通の家庭というものをしらない。
彼は 教会付属の施設で育った。 母は彼の名前と誕生日だけを残し、亡くなった。
彼の容姿から 欧米系の男性との間の子供なのだろう、と推測できるだけだ。
島村ジョー は彼自身の居場所を探しあぐねうろうろしつつ ・・・少年時代を送っていたのだ。
<ジョーの回り道> は 彼の成長につれ減ってはいったが 年に数度は思い出したように
あの階段の前に佇むのだった。
― そして 時は流れ ・・・ 彼は驚天動地の運命を辿る。
「 ねえねえ ・・・ この道、すごくきれい ・・・! 」
「 お〜い ・・・! ちょっと待ってくれよ〜 フラン〜〜 」
「 ジョーが遅いのよぉ〜〜〜 ふんふんふん・・・ 素敵、緑のトンネルだわ・・・ 」
新緑の中 乙女がひとり亜麻色の髪を揺らしやってくる。
ひらり ひらりと軽い足取りで初夏の空気に溶け込みそうだ。
「 ふ −−−−− ああ なんていい香り♪ 空気の味も色もちがうわあ〜
ねえ ジョー? あら。 まだこない・・・ ジョーォ? 」
「 ふう ・・・ひい ふう ・・・ 待ってくれってば・・・・
きみってば買い物袋をぜん〜〜んぶぼくに押し付けたじゃないかァ〜 」
「 あら・・・ 009ならそれくらい全然 ノープロでしょ? 」
「 の〜ぷろ? 」
「 no
problem 」
「 あ〜。 日本語でお願いします。 」
「 あら。 自動翻訳機 はどうなさったんですか 009 ? 」
「 日常生活で 能力 を使うのは避けたいのです。 」
「 ・・・・全然平気ってこと。 これって中学生レベルだと思いますが? 」
「 −−− ともかく〜〜 いくらぼくだってレジ袋って持ち難いのさ。 ふうう・・・ 」
ジョーは買い物がぎっちりつまった袋を足元に置き 大袈裟に息をつく。
「 もう ・・・ 重たいものはぼくに任せろ なんて言ってくれるかなあって期待してたのですが 」
「 ・・・男女平等だろ。 」
「 わたし、旧い時代の人間なんですの。 」
「 ・・・ ぼく、平成ボーイなんだ・・・ 悪いけど。 」
「 あらそう? 残念ね、わたし、パリジェンヌですから ヘイセイ なんて知りません。 」
「 ・・・ 負けたよ・・・ でもちょっと待ってくれよ〜 ホントにバテバテなんだ〜 」
「 うふふふ ・・・じゃあね、 その保冷用の袋 開けてみて。 」
「 これ? ― わ♪ アイスだ〜 」
「 ひとつ どうぞ。 」
「 わい〜〜〜♪ ・・・ ほら きみにも。 」
ぽ〜ん・・・と氷菓が放られてきた。
「 ・・・きゃ。 ふふ じゃ この緑の回廊でちょっと休憩ね。 」
「 ウン。 ・・・ あ〜〜 うま〜〜〜 」
ジョーとフランソワーズは道の端にあった石段に並んで腰掛、 アイスバーを齧った。
サワサワサワ ・・・・
通りぬける風までもが 薄い緑色に見えた。
「 ここ ・・・ 本当にきれいねえ・・・ すばらしいわ ・・・ 」
「 うん。 ・・・ あれ? ここ ・・・ 」
「 何、 ジョー。 」
ジョーは齧りかけのアイスを手に持ったまま きょろきょろ辺りを見回している。
「 うん ・・・ ここ ・・・ 知ってる かも・・・ 」
「 え? ここを? 」
「 ・・・ ウン ・・・ そうだよ、やっぱり。 これ あの階段なんだ。 」
ジョーは座っていた石段を見直し、後ろを振り返る。
「 なに? なんなの。 え ここ・・ヨソのお家なの??」
「 うん。 今でも人が住んでいるか ・・・ いや 家があるかどうかわからないけど・・・ 」
「 ふうん ・・・・ ジョーのお友達のお家だったの? 」
「 え! ち ちがうよ〜〜お とんでもない! この辺りって大きなお屋敷ばっかりなんだ。
ここはさ 少年時代の憧れの地 だったんだ。 」
「 とてもすてきな場所だけど ・・・ 住宅があるのねえ。 」
「 らしいね。 ぼくはよくここで この階段の先を想像していたんだ。
どんな庭なんだろう どんな家があるのかな ・・・ なんてね。 」
「 ふうん ・・・ ちょっと登ってみましょうか? 」
「 だ だめだよ〜〜 ヨソのお家なんだぞ?
本当ならココに座っていることだって相当ヤばいよ〜 」
「 そう・・・? でも 多分 ・・・ 上にお家があっても空家だとおもうわ。 」
「 え ! ど どうして?? 」
「 ええ ・・・ なんというか ・・・ 人の気配がしないの。 」
「 もしかしたら 留守なのかもしれないよ。 皆 でかけてて さ。 」
「 ・・・ そうねえ・・・ でも ジョー、それにしてはちょっと荒れ過ぎだと思わない?
ほら わたし達、 ここが入り口だって気がつかなかったわけだし。
それに 見て。 門の下にも草が生えてるでしょう? 」
「 あ ・・・ うん ・・・ そっか ・・・そうだよねえ・・・ 」
「 でも ね、 以前はきっと素敵なお庭だったのじゃない?
ほら ・・・ この階段の上の方にアーチがあるでしょ。 あれって薔薇やサンザシを
アーチみたいに仕立てるときに使うんじゃないかしら。 」
「 ふうん ・・・ 詳しいんだね。 」
「 ふふふ 受け売りよ。 ・・・ 昔ね、 夏のバカンスに行ったとき、田舎の家の庭に
あんなのがあって。 父が教えてくれたの。 」
「 へえ ・・・ いいね ・・・ 」
「 ・・・ さ。 そろそろ休憩はお終いで〜す。 荷物運び よろしく。 」
フランソワーズは話題を変えると ぱっと立ち上がった。
「 あ ああ ・・・ うん。 」
ジョーも素直に立ち上がると買い物袋を持ち上げた。
「 ・・・ これはわたしが持つわ。 さあ 帰りましょ。今晩はジョーのリクエストでハンバーグ! 」
「 あ は♪ ・・・ それじゃ ハンバーグに向かって〜 出発 〜 」
二人はぱきぱき歩きだした。
・・・ ・・・・・・・
角を曲がる前に ジョーは一回だけ振り返りあの入り口をじっと見つめていた。
緑の回廊に囲まれた庭の側を二人で通ったのはこの時だけ。
その後ジョーもあえて口に出すこともなかったので フランソワーズはいつしか忘れてしまった。
「 え。 どこだって? 」
ずっと黙って聞いていたジョーが 頓狂な声を上げた。
「 ・・・ ? 町外れの 矢吹町 13番地。 ― 聞こえなかったのか。 」
「 あ い いえ ・・・ 」
「 何か あるのか。 」
「 い いえ・・・ す すみません、騒がしくして・・・ 」
「 判っているのならいちいち驚くのはやめてほしい。 そんな必要はないと思うが。 」
「 ・・・ ハイ。 」
ジョーは項垂れて また皆の後ろに座った。
「 ・・・エッヘン。 話が途切れたが ― ヒトが消える そうだ。 ある日 ぽ・・・っと居なくなる。
始めは誰も気がつかなかったそうだ。 なぜなら ・・・ 」
アルベルトは珍しく言い澱み 言葉を選んでいるらしい。
「 あ・・・すまん。 つまり 消えた人間 は < 居なくなっても騒がれない存在 > ばかり
だった らしい。 」
「 ・・・・!! ・・・ 」
居合わせた全員が 視線を逸らせた ― フランソワーズ以外 ・・・・。
「 ― で? そのウラには 」
「 ああ。 ヤツらがまたぞろ 人間狩り を始めたのじゃないか、ということさ。
・・・ ノってやる か? このトラップ。 」
「 ったりめ〜じゃん! 速攻飛んで ぶっ殺してやらあ〜 」
「 血の気の多いヤツだなあ。 ひとまず、偵察をだす。 」
「 おお それがよいな。 う〜ん ・・・ この番地じゃとかなりな町外れ じゃな。 」
「 あら。 矢吹町、といったわね? ねえ ジョー。 これってあの庭の辺りじゃあない?
正確な番地は忘れてしまったけれど・・・」
フランソワーズが ジョーの顔をみた。
「 え・・・ あ ああ うん。 そう かも・・・ 」
「 そうよ きっと。 あそこの郊外の一帯は矢吹町だったはずだもの。
広い庭のお家が多いところだったわね。 明日 さっそく偵察に行ってくるわ。 」
「 フランソワーズ。 ― ぼくが行ってくる。 」
「 ジョー ・・・? 」
珍しくジョーがはっきりとフランソワーズの願いを断った。
「 偵察だから。 ぼく一人で いい、 」
「 よし。 それでは頼む。 俺たちは待機しているからな。 」
「 ジョー? さっさと済ませちまおうぜ! 」
「 ・・・ 拉致って線も考えられるから。 慎重に調査してくる。 」
ぽつり、と言って、彼は口を閉じてしまった。
・・・・ ヘンなジョー・・・ なにか 怒ってるのかしら
そっとジョーの顔を覗き見たが ― なぜか彼はひどく取り澄ましていて なんの感情も
読み取ることはできなかった。
コツ コツ コツ ・・ コツ ・・・
― こんな想いで この階段を登るとは ・・・ な
ジョーはゆっくりと石段を登ってゆく。
木漏れ日が足元に不思議な図柄を投影している。
ジョーは、 いや 009は四方を充分に警戒しつつ 石段を登る。
今日は勿論、普通の服装だ。 あの特殊な服は目立ちすぎる。
「 ふん ・・・? 今のところは ― なにもないな。 」
彼の耳が拾うのは 五月の薫風が木々を揺らす音、 葉擦れの音、 小鳥たちの恋の歌・・・
そして自分の足音だけだ。
コ ・・・!
009の脚がとまった。 階段を登りきったのだ。
「 ・・・ ふん ・・・ やはり 普通の家 だな。 」
彼の目の前には ― ごくありきたりな風景が広がっていた。
日当たりのよい庭は ジョーがかつて思い描いていたのとあまり違いはなかった。
中央はずっと芝生が植えられていた。 穏やかな晩春の陽がいっぱいに広がっている。
手前には ごく簡素な枝折戸が見えた。
これが ― 境界線なのか ・・・?
ジョーは思い切って戸に手を掛けゆっくりと開ける。
― なにかが反応した ・・・ それが何かはわからなかったが。
「 やっぱり な。 」
ジョーはぼそり、と呟くと ゆっくりと芝生を踏み分けて進む。
「 庭は ― 普通の庭らしいな。 特に掘り返した風でもない ・・・ 」
庭の奥には 洋館風の建物がある。
こちらも外側から見る限り 特に変わった部分はないようにみえる。
「 ・・・ ふん ・・・? 」
芝生が終わり 小路が建物の玄関へと訪問者を導いてゆく。
玄関ポーチがあり、左右には花壇が広がりこの季節、蔓薔薇が華麗な小花をつけていた。
・・・ ここも 変化なし。 か。
ジョーはポーチへの段々に脚をかけた。 ― と ・・・
「 おかえりなさい! お兄さま ! 」
玄関のドアが弾けるみたいに開くと 少女が飛び出してきた。
そして そのままジョーに抱きついた。
「 ― え ッ ??? 」
「 お兄さま〜〜 え? あ。 ご ごめんなさいっ 」
ジョーも驚いたが 少女もびっくりしたらくぱっと離れると目をまん丸にしている。
「 あ い いや ・・・ その ・・・・ 」
「 あの・・・ごめなさい、あの・・・わたしの兄さまかと思って ・・・
あの ・・・ お兄さんは ジャン兄さまのおともだち? 」
碧い瞳が無邪気にジョーを見上げている。
え えええ?? こ この子は ・・・ フラン ??
「 あ う〜ん ・・・ あの。 うん・・・ きみのお兄さんに会いたいな、とおもって。 」
「 ふうん ・・・ そうなの。
じゃ・・・わたしと一緒にジャン兄様をまちましょ。 ね?
ふわん、と亜麻色の髪が広がって跳ねる。
「 そ そうだね ・・・ あの きみの名前は? 」
「 まあ。 レディに名前を尋ねるときには ご自分の名前を先におっしゃるものよ。
それが立派なムッシュウのお行儀でしょう? 」
「 あ ・・・ そ そうだねえ・・・ これはマズったな。
はい、 では自己紹介します、小さなマドモアゼル。
ぼくは ジョー・シマムラ といいます。 この館の主はきみのお父上かな。 」
「 ううん ・・・ お父様はね、ご病気で今療養中なの。
ここは叔父様のお家なの、 ムッシュ・シマムラ。
あ わたしは フランソワーズよ。 」
「 そうか ・・・ いや、こちらこそどうぞよろしく、マドモアゼル・フランソワーズ。 」
ジョーはぎこちなく手をだした。
少女は ちょん・・・とその上にほっそりした手をのせた。
― う ・・・ これって 確か・・・軽くキスする んだよね?
ますますぎこちなく、彼はその小さな手にそっと唇を寄せた。
「 うふふ・・・ ありがとう、ムッシュウ。 わたしのこと、レディとしてごあいさつ して下さって・・・ 」
「 きみは兄上を待っていたのかい。 」
「 ・・・ そうなの。 皆お留守なの・・・ わたしがお留守番 ・・・ 」
少女は得意そうな口調だったれど ふ・・・っと淋しい陰が白い頬に映る。
「 そう か。 それじゃ・・・ ぼくと一緒に兄上を待とうよ。 」
「 ・・・ええ! お兄様。 それじゃお庭を案内してあげるわね。 」
「 お願いします、 マドモアゼル。 」
「 ふふふ ・・・ それじゃまずはねえ、自慢の温室に行きましょう。 こっちよ! 」
小さな手が ジョーの手をくいくい引っ張る。
「 あ ・・・ うん。 ふうん ・・・ こっちには温室もあるのか。 すごい庭だなあ・・・ 」
ジョーは何気なくつぶやきつつ、目の前の少女をじっくり観察した。
亜麻色の髪が肩口で豊かにカールしている10歳くらいの少女。
白いレェスのリボンが揺れる。 横顔は幼いながらも気品が漂う。
・・・ 似てる よな。 確かにフランソワーズに そっくりだ ・・・
この少女は ・・・ 誰なんだ??
ジャン兄様、と言っていたな。 ジャン・・・・ あ! そうだよ!
フランの兄さんの名前も ジャン だった!
「 ほら ここに入って・・・あ 頭に気をつけてね・・・ 」
「 うん ・・・ わあ・・・ 大きな温室だねえ・・・ 」
ジョーは少女に案内されて 庭の奥にある温室に入った。
「 ふふふ ・・・ わたしの秘密の場所を教えるわね。 こっち ・・・ 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
沢山の蘭の鉢の間を潜りぬけ 苺のプランターの脇を通ると背の高い植物が増えた。
「 すごいな。 これがきみのお家の温室なんだ? 」
「 ・・ 叔父様の ね。 でも温室の中は自由にしていいよって言われているの。
叔父様も叔母様もお忙しくて ・・・ 昼間はわたし 一人だから・・・ 」
「 え この広い屋敷にきみひとり、なのかい。 」
「 ウン。 ・・・メイドさん達も朝と夕方だけ、来るの・・・ 」
「 そっか ・・・ 」
「 あ ほら。 こっち こっち。 この棚にね ― ほうら ・・・ね? 」
少女が指差すところには たわわに実った瑠璃色やエメラルド・グリーンの房があった。
「 ・・・ あ ここは葡萄棚だね。 」
「 そうなの。 ジャン兄様がお帰りになったらっておもってとってあるのだけれど・・・
お兄様にだったらちょっとだけいなら いいわ。 」
「 え ・・・ いいのかい? 」
「 ええ。 だって ・・・ お兄さま、ジャン兄様に似てるし ・・・
なんでかな〜 お兄さまと一緒にいるととっても安心するのよ。 」
「 そっか ・・・ ありがとう。 それじゃ葡萄を摘むのはぼくがやるよ。 」
「 わあ ありがとう、お兄さま! ふふふ・・・なんだかこんなところもジャン兄様とそっくりね。
あ 今 温室用のハサミを持ってくるわね。 」
少女はぱっと駆け出していった。
「 ・・・あ ・・・ しかし ・・・ ここは本当にあの庭なんだろうか。
この植物はホンモノだよなあ。 でも あの少女 ・・・ あの子は確かにフラン、だよな。
少女時代のフラン ・・・ ってことは ・・・ 現代 じゃない・・・? 」
彼女が40年の < 止まった時間 > を持っていることは聞いていた。
と いうことは。 ここは ・・・ この庭はいったい ・・・?
ジョーが考え込んでいると 小さな足音が近づいてきた。
「 お兄さま? どこ ・・・ 」
「 あ ・・・ ここだよ。 葡萄棚の陰だよ。 」
「 ・・・どこ ・・・・ ? 」
「 こっちさ。 奥の葡萄棚だ、今 ・・・そっちにゆくから・・ 」
ジョーは葡萄の木を避けつつ 棚の奥から出てきた。
「 ― ごめん。 あんまり素晴しいのでつい ずっと奥まで入ってしまったんだ ・・・ 」
「 ・・・ よかった・・・ お兄さま ・・・! 」
「 え ? 」
トン ・・・! 小さな身体がジョーにぶつかってきた。
「 お兄さま ・・・ いなくなってしまったかと思った ・・・ の ・・・ わたしを置いて・・・ 」
「 フラン ・・・ いや、マドモアゼル・フランソワーズ どうしたんだい、急に・・・ 」
「 だって ・・・ パパもママンも いなくなってしまったわ ・・・ 」
「 え?! だってさっききみは ・・・ え あ あれ ? 」
ジョーにしがみついた少女は ― 少し成長していた。
「 なあに? わたし、ジャン兄さまの帰りを待ってひとりでお留守番をしているの。 」
「 え ・・・・? そ そうなの? 」
「 ねえ ・・・ お家に入りましょう。 お兄さまをわたしのお家にご招待するわ。 」
「 いいのかい? 」
「 ええ ― さあ どうぞ? 」
「 ありがとう ・・・ あ ・・・ 今まで温室にいたと思ったのに?? 」
ジョーはいつの間にか少女と並んで玄関ポーチに立っていた。
― カチャ ・・・
「 ただいま〜〜 ・・・ って誰もいないけど。 ふふふ・・・わたしの習慣みたいなものなの。 」
「 そ うなんだ? 」
「 ねえ こちらのリビングへどうぞ? 客 今 ・・・ お茶を持ってくるわね。 」
少女はひらひらと奥へ消えていった。
「 ・・・・ ・・・! 」
ジョーは 目を見開いたまま ・・・ 戸口に呆然と突っ立っていた。 そこは ―
な なんだ?? だってここは ・・・!
・・・ 彼の目の前にあるのは。
ギルモア邸のリビング と寸分も変わらぬ情景だった。
「 そ そんな バカな ・・・ だって あの雑誌!
ぼくが今朝 ぱらぱら捲っていて ・・・ そのままテーブルの上に置きっぱなしにしたヤツだぞ!
・・・・ そんな そんな ・・・ 」
ジョーは動けなかった。 今にも キッチンからのドアが開いて
「 ジョー? お帰りなさい。 ちょうどオーツ・ビスケットが焼きあがったところ。 」
エプロン姿のフランソワーズが顔を出す ・・・ 気がする。
「 ・・・ ここに居たいのなら ずっと居てもいいのですよ。 」
「 ― え? 」
驚いて振り返ると そこには。 黒い瞳の女性が微笑んでいた。
「 − よくいらっしゃいましたわ・・・・ どうぞお楽になさって 」
「 あ あの ・・・ 」
「 はい、いらっしゃることは存じておりましたわ。 どうぞ ・・・ 」
黒髪の陰から 魅惑の笑みがジョーに向けられていた。
「 あなた達! ジョーを一人で行かせる気!?? 」
玄関のドアが静かに閉まった ・・・すぐ後、 紅一点が爆発した。
「 え ・・・だってよ、アイツ、 一人でいいって言ったじゃん。 」
「 だけども! 援護射撃くらいしてもいいんじゃない?
・・・ どんな相手だかわからないんだし。 」
「 まあ そうカリカリしなさんな。 ヤバい、と思ったら アイツはちゃんと連絡するさ。 」
「 ああ。 アイツだって 009 なんだから な。 」
「 そうそう、そういうこと。 」
「 ― もう〜〜〜 ・・・! いいわよ! わたしが行くから!! 」
「 え? お おいおい ・・・ マドモアゼル 〜〜 」
仲間たちの声を聞き捨て、 彼女はさっさと仕度をして家を飛び出した。
・・・ だって。 あの時の 目。
ジョーの あの庭を見上げる目が ・・・ 気になるの・・・
あれは ・・・ なにかに囚われた目 だった ・・・
ぷるん、と亜麻色の髪をかき上げ フランソワーズは町外れへと脚を速めた。
キィ −−−−− ・・・・
手を掛ければアイアン・レースの門扉は 錆びた音をたてた。
「 ・・・ うわ ・・・ ! 」
フランソワーズは思わず眉を顰め その不愉快な音を慌てて止めるのだった。
「 ホントに ・・・ ここは空家なのよね。 いったい何年開けてないのよ? 」
振り返ってみればするり、と抜けた門は 朽ち果てる寸前らしい。
次に手荒く開閉したのならば ぼろり、と赤錆びた部品を地に落とすだろう。
・・・ こんなところに そんな屋敷があるっていうわけ?
彼女は石段の一番下に立ち じっと上を < 見た >
「 ・・・・ 上 ・・・ 庭は ・・・ 普通の庭 ね。 特に変わった点は ― なし。
地下にも 特殊施設は なし か。 よォし ・・・ 」
フランソワーズは 次の石段に足をかけた。
「 行ってみなくちゃわからないってことね。 屋敷の方は − これは怪しいかも・・・ 」
目と耳の精度を最高レベルに上げ 彼女は一歩づつ上がってゆく。
「 ・・・ 確かに 緑の回廊 ね。 すごくきれい ・・・ でもこんなところに・・・ どうして?
それにあの屋敷は 古すぎない?? 」
石段を上がりきると 目の前に木でできた低いドアがあった。
「 これ ・・・・ ヘンね? なぜこのドアだけ新しいの? 」
一歩引いて 彼女はじっくりとそのドア ― 柴折戸 を観察する。
「 特に 疑わしい点 ― なし。 それじゃ ・・・ 行きますか。
いったいどこに行っちゃったのでしょうね ! 先発したヒトは! 」
ぷりぷりしつつ ― フランソワーズは そのドアに手をかけ ―
カタン −−− ・・・・・
木でできたドアは軽く 開いた。 今にも風に吹き飛びそうなドアが 開いた。
ふわ ・・・・・ り ・・・・
風が 彼女の亜麻色の髪を揺らした。
「 ・・・ あ ・・・ いい風 ・・・・ 」
頬をなでる風はやわらかく、その感覚は彼女に故郷のことを思い起こさせた。
「 久し振りかも ・・・ こんな風 ・・・。 この国の空気はいつも湿っていたから・・・
ああ ・・・ パリの香りがする ・・・ 」
懐かしい想いに 彼女はそっと目を閉じた。 すると ・・・
「 やあ お帰り ファンション。 遅いぞ〜〜 」
「 え!? お お兄さん ?? 」
Last updated : 05,08,2012. index / next
********** 途中ですが ・・・
全ては 作中に入れためぼうき様のイラストです♪
拝見しているうちにむくむくと妄想〜〜 ・・・・ でこりゃ平ゼロですね
で ・・・ 続きます〜〜 どうも短くてすみません <(_
_)>